セリーヌディオンの夫は元マネージャー!結婚歴は3回で死因は転落⁈

パリオリンピックの開会式で、セリーヌディオンさんが話題です。

すばらしい歌声に、涙した方も多いと思います。

今回は、セリーヌディオンさんの夫について調査します!

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目次

セリーヌディオンの夫は元マネージャー!結婚歴は3回

2024年7月27日、歌手のセリーヌディオンさんがパリオリンピックの開会式で愛の賛歌を熱唱しました。

セリーヌディオンさんの夫について、見ていきましょう!

セリーヌディオンさんの夫についてですが、

元マネージャーのレネ・アンジェリルさん

年齢差は26歳ありました。

結婚歴

レネ・アンジェリルさんの最初の結婚は、

1966年にドゥニーズ・デュケット(Denise Duquette)と最初の結婚をし、ひとりの子をもうけ、1972年に離婚。

1966年にドゥニーズ・デュケット(Denise Duquette)と最初の結婚をし、ひとりの子をもうけ、1972年に離婚。引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%AB

2回目の結婚は2年後、

1974年に歌手のアンヌ・ルネと2度目の結婚をし、さらに息子1人、娘1人をもうけ、1980年に離婚

1974年に歌手のアンヌ・ルネと2度目の結婚をし、さらに息子1人、娘1人をもうけ、1980年に離婚。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%AB

1994年に、セリーヌ・ディオンさんと3回目の結婚をしていますので、レネ・アンジェリルさんの結婚歴は3回になります。

モテモテ人生ですね~♪

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レネ・アンジェリルwikiプロフィール

レネ・アンジェリルさんのwikiプロフィールをご紹介します。

  • 名前:レネ・アンジェリル
  • 生年月日:1942年1月16日
  • 年齢:享年73歳
  • 出身地:カナダ・ケベック州モントリオール
  • 職業:カナダの音楽プロデューサー

1960年代に幼馴染のピエール・ラベルらと「レ・バロネ(フランス語版)」という名の、ポップ・ロックの3人組グループで歌手として活動。イギリスやアメリカの英語の曲を翻訳し、カナダのフランス語圏で何曲かヒットを飛ばしました。

グループ解散後、アーティストのマネジメントをする仕事を始めます。

1981年にセリーヌの兄からデモテープが送られ感銘を受け、セリーヌ・ディオンのキャリア・マネジメントをする決意を固め、しばらくして実際にマネージャーとなりました。

初アルバム制作に必要な資金を、アンジェリル自身の自宅を抵当に入れてまで工面。ファーストアルバム「La voix du bon Dieu」を世に出し、セリーヌを歌手として育てるために尽力したといいます。

アンジェリルは他にも、ヴェロニック・ベリヴォー(フランス語版)、ジョニー・ファラゴ(フランス語版)、ルネ・シマール、アンヌ・ルネ(フランス語版)、パトリック・ザベ(フランス語版)等々等々のマネジメントも行い音楽プロデューサーとしての地位を確立。

1999年以降はガルーのキャリア・マネジメントも開始し、ガルーとの共同のアート活動や商業活動を管理するための法人も設立。

1999年に咽頭がんと診断、治療を受け仕事に復帰しましたが、2014年にはセリーヌ・ディオンさんのキャリアマネジメントを行っているProduction Feelingの社長を退くことを発表。

2016年1月14日、74歳の誕生日の2日前に、ラスベガスにて心臓麻痺で死去と報じられました。

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馴れ初め

お二人の馴れ初めについてですが、

セリーヌが12歳だった頃に出会い、セリーヌの歌声に惚れ二人三脚の音楽活動が始まりました。

レネ・アンジェリルさんは、セリーヌディオンさんを発掘した人です!

セリーヌとレネの出会いは、セリーヌが12歳だった時。当時38歳だったレネはセリーヌの歌声を聴くとすぐに彼女の才能を確信し、それから、二人三脚での音楽活動が始まった

引用:https://front-row.jp/_ct/17068965

この出会いで、セリーヌディオンさんは12歳でプロデビューを果たしました。

思春期に恋に落ちた

デビューに向け、マネージャーと歌手という関係が続いていましたが、

セリーヌディオンさんが17歳の1985年頃に、彼を目で追ってしまうなど恋が芽生えてしまったようです。

17歳から18歳の頃、彼に対する気持ちに変化が起きたの。彼のことを違った目で見るようになったのよ。手短に言うと、(自分の母親も)こうなるって分かっていたらしいわ

引用:https://front-row.jp/_ct/17068965

そして、1990年にロスに移住。当時は知り合いが一人もいない状況でしたが、世界的スターへの道を歩みはじめます。

いつもそばにいるマネージャーの存在は大きかったでしょうね。

1991年に極秘で婚約をしました。

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結婚

極秘婚約から3年後、お二人は1994年12月に結婚しました。

その後、「ビコーズ・ユー・ラヴド・ミー」、「イッツ・オール・カミング・バック・トゥ・ミー・ナウ」などがヒットし、数多くの映画にサウンドトラックを提供。

1997年の『タイタニック』主題歌「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」の世界的大ヒットでポピュラーミュージック界の大御所となりました。

ですが、1998年に夫の食道がんが発覚。看病と出産のため無期限の芸能活動中止を発表。

夫は2014年に治療に専念するためにマネージメント業から退きましたが、何よりセリーヌ・ディオンさんが再びステージで歌う姿を見たがっていたと言います。

夫の後押しもあり、セリーヌディオンさんは2015年に仕事復帰を果たしました。

ですが闘病は続き、夫は『君の腕の中で死にたい』と語り、セリーヌ・ディオンさんは『あなたは私の腕の中で死ぬわよ』と、最後の瞬間はふたりでいることを約束したと語っています。

同時にレネとのある約束について、こう明かした。「彼に『怖い? 分かるわ。私に話して』って言ったの。彼はこう言ったわ。『君の腕の中で死にたい』って。だから、『分かった。私はその場にいる。あなたは私の腕の中で死ぬわよ』って言ったわ」。引用:https://front-row.jp/_ct/17068965

愛する人の腕の中で旅立つ。理想の最後ですよね。お二人が心から愛し合っていることがわかります。

しかし、2016年1月14日に夫のレネ・アンジェリルさんは死去しました。享年73歳。

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セリーヌディオンの夫・死因は転落⁈

死因

夫のレネ・アンジェリルさんの死因についてですが、

がん闘病の末に死去と報じられていました。

セリーヌ・ディオンさんの夫死去、がん闘病の末

引用:https://jp.reuters.com/article/life/entertainment/-idUSKCN0UT0B5/

ですが、2016年5月、

夫がベッドから転落したことでこの世を去っていたと、セリーヌさんが明かしました。

死因は、転落したことが原因だったようです。

セリーヌ・ディオンの夫がベッドから転落したことでこの世を去っていたことが明らかになった。咽喉がんの闘病生活の末、今年1月に73歳で他界したレネ・アンジェリルが死亡時、床に倒れている姿を看護婦によって発見されていたことをセリーヌが明かした。

引用:https://www.daily.co.jp/gossip/foreign_topics/2016/05/25/0009118069.shtml

「たぶん立ち上がろうとして転んで床に倒れてしまった」とセリーヌ・ディオンさんは語っています。

「レネは私の腕の中で安らかに眠りたかったんだけど、あの晩私はステージで歌っていたの。彼は1月13日から14日にかけての夜に息を引き取ったわ。たぶん立ち上がろうとして転んで床に倒れてしまったのね」「普段だったらショーの後、彼に夜の薬を飲ませて、キスをして布団をかけて寝かせるんだけど、あの日は彼を起こしたくなかったからそれをしなかったの。翌日になって看護婦が彼を見つけたのよ。

引用:https://www.daily.co.jp/gossip/foreign_topics/2016/05/25/0009118069.shtml

ただ、転んだ時に外傷はなかったそうで、『レネはもう苦しむ必要がないわ。これで良かったのよ』と、苦しむことなく旅立ったことに安どしていることがわかります。

セリーヌは、レネが転んだ時に怪我をして苦しんでいたのではないかという可能性に悩まされていたとパリ・マッチ誌に続けており、「お医者様に電話したんだけど、『レネはもう苦しむ必要がないわ。これで良かったのよ』とお医者様をなぐさめるくらいだったわ」「その後、お医者様たちはレネに骨折や怪我、出血などがなかったと確認したの。それが私はずっと気になっていたのよ」と語った。

引用:https://www.daily.co.jp/gossip/foreign_topics/2016/05/25/0009118069.shtml

最後に『腕の中で死にたい』という、夫との約束を果たすことはできませんでしたが、「彼は私にこの全ての力強さを残して逝ってくれた、彼がもう苦しんでいないってことに感謝している」としています。

私は48歳で人生で最愛の人を失った。でもね、元気だった時の彼がいなくなってしまったことを寂しくは思うけど、苦しんでいた時の彼を寂しく思うことはないの。自分勝手になってはいけないわ。逝かせてあげないといけないのよ。私は安らぎを覚えているわ」「彼は私にこの全ての力強さを残して逝ってくれた。今だって毎日彼とは生活を共にしているの。ただ体がそこにないだけよ。彼がもう苦しんでいないってことに感謝しているの」 

引用:https://www.daily.co.jp/gossip/foreign_topics/2016/05/25/0009118069.shtml

葬儀は、結婚式を挙げたモントリオール・ノートルダム聖堂で行われ、14歳になる長男レネ=チャールズさんが弔辞を担当。「素晴らしい思い出を充分なだけ遺していってくれた、ぼくはあなたから学んだことを、弟たちに伝えていくつもりです」と述べています。

「あなたはぼくら兄弟が共有する、素晴らしい思い出を充分なだけ遺していってくれました。弟たちが、あなたのいない世界で成長するにつれ、ぼくはあなたから学んだことを、弟たちに伝えていくつもりです。(中略)パパ、ぼくらはパパの教えを守って、これからも生きていくことを約束するよ」

引用:https://www.tvgroove.com/news/article/ctg/1/nid/26697.html

18年におよぶ長い闘病生活でしたが、子供を3人授かりました。長男の言葉からもレネ・アンジェリルさんは幸せな結婚生活だったことがわかりますね。

お読みいただきありがとうございました。

レネ・アンジェリルさんのご冥福をお祈りするとともに、セリーヌ・ディオンさんの今後の益々のご活躍をお祈りいたします。

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