二階俊博の嫁は幼なじみ!新婚生活は4畳半でおしどり夫婦だった!

二階俊博さんを取り上げます。

二階俊博さんは田中角栄元総理の最後の弟子、自民党の重鎮と言われている84歳の現在も活躍されています。

そんな二階俊博さんの奥様は、どのような方だったのでしょうか?

今回は、二階俊博さんの嫁について調査します!

スポンサーリンク
目次

二階俊博の嫁は幼なじみ!新婚生活は4畳半でおしどり夫婦だった!

二階俊博さんの嫁についてですが、

二階怜子さん。2018年に肺がんのため逝去されています。享年77歳。

二階怜子さんのwikiプロフィールをご紹介します。

  • 名前:二階怜子(にかいれいこ)
  • 生年月日:1941年
  • 年齢:享年77歳(2018年逝去)
  • 出身地:和歌山県御坊市
  • 学歴:和歌山県立日高高校、大学名は不明(東京の大学)

二階怜子さんは御坊市出身。

年齢は二階俊博さんの二つ下で、小・中・高校と同じ学校の幼なじみだそうです。

父親同士が友人だったとのこと。二階俊博さんの父親は、県会議員、稲原村村長、御坊造船社長の三役を兼務していた実業家で、母親は御坊市新町で医院を開業した医師でした。裕福な家庭で育ったようですね。

スポンサーリンク

馴れ初め

お二人は、小中高校と共に過ごしましたが、二階俊博さんは父親と同じ中央大学へ進学。その2年後怜子さんも上京します。

お二人の馴れ初めについてですが、

怜子さんが上京した時に、東京案内をしたことがきっかけで交際に発展したそうです

神保町の古本屋などでデートを重ね、大学卒業後に結婚をしました。

二階氏と怜子さんは父親同士が友人で、和歌山の同じ小中高校で過ごした。怜子さんが大学進学で上京した際、二階氏が都内を案内したことがきっかけで距離が縮まり、東京・神保町の古本屋でデートを重ねた。恋愛結婚だった。

https://www.sankei.com/article/20190223-E22E2QQGQNM4RLMNP3UB32KOKQ/

政治家にありがちな政略結婚やお見合いなどではなく、恋愛結婚だったようです!

スポンサーリンク

結婚

結婚後は、東京都国立市の4畳半一間・風呂なしの部屋からスタートしたと言います。

4畳半一間からの新婚生活とは、庶民的ですね♪なんだか好感が持てます!

二階俊博さんは挨拶回りで、地元和歌山のみかんを段ボールごと持参し、自ら配るそうです。この庶民的な感覚は忘れてはならないものだと思います。

スポンサーリンク

おしどり夫婦

その後二階俊博さんは、1975年に和歌山県議会議員選挙で当選。怜子さんは地元の支援者、後援会の方々と信頼関係を築き、夫を支えたそうです。

怜子さんは「決して前に出すぎることなく、周囲を優しく気遣う方だった」と言われています。

内助の功ですね。

また、怜子さんは俊博さんの一番のファンを公言しており、演説が始まるとどんなときでも聞きに行ったそうです。

車の運転が得意で、二階氏を乗せては東京-和歌山間を移動する間が夫婦の時間だったと言います。

おしどり夫婦だったようですね。

怜子さんは77歳で逝去されているので、70年も同じ時を過ごしています。

好きな人と長い間添い遂げ、幸せな人生だったのではないでしょうか。

怜子さんを偲ぶ会

また逝去2か月後には怜子さんを偲ぶ会が行われ、政界、財界、芸能界、地元後援会など5000人が参列した盛大な会となったようです。

二階俊博自民党幹事長の妻で、昨年12月26日に他界した怜子さん(享年77)を偲ぶ会が23日、御坊市民文化会館で開かれ、政界、財界、芸能界、一般から約5000人(主催者発表)が参列。

https://hidakashimpo.co.jp/?p=34774

出席者からは「朗らかで明るく気さくな方で、誰からも愛され、慕われていた。精神的支柱として二階先生、ご家族を支えられた」「怜子さんは地元を歩き、選挙区の人たちと数多くのご縁を紡いできた。まさに政治家の妻の鑑。」「怜子さんがおられたから二階先生の今日がある」などの追悼の言葉があり、安らかな冥福を祈ったそうです。

周りも認めるおしどり夫婦だったようですね。

お読みいただきありがとうございました。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメント一覧 (6件)

コメントする

目次